シリーズ【二代目の苦悩】
先代が急死。番頭大工が後を継ぐも1年で1.6億円の借金を抱える
マル祐戸田建築(静岡県浜松市)
戸田哲行社長(46)
父は年間50株手掛けていた地元で有名な大工。
しかし、昭和60年に他界する。
低価格住宅で年間20棟の完工数を誇るマル祐戸田建築(静岡県浜松市)戸田哲行社長は、先代から直接経営を引き継いだわけではない。先代が急死した時、戸田社長は地元静岡大学の大学院に進学したばかりだった。
「私も学生だったので、すぐに父の事業を継ぐということはできませんでした。突然の死でしたので、事業承継も準備できていませんでした」(戸田哲行社長)
結局、番頭だった大工が社長に就任し、経営に当たる事となった。しかし1年ほどで借入金が1億6000万円まで膨らんでしまい、倒産の危機に瀕する。その番頭の大工は、技術は超一流でも経営は苦手だったのだ。
「私がやるしかない」
そう思い、経営を引き継ぐ決意をしたのが25歳の時だった。大学院も2年で中退することとなった。
「私の母は経営に携わっており、借金の保証人になっていたのです。借金の返済も含めて何とか立て直さざるをえない状況でした」
右も左も分からない所からのスタートではあったが、まったくの建築素人ではなかった。高校で建築を専攻していたからだ。住宅建築の基礎が身に付いていたことは工務店経営にはプラスだった。
とは言うものの1億6000万円の借金をどうやって返済していくか。方法は今までどおりの5000万円クラスの和風住宅を主力とし、利益を確実に確保していく。これだけを愚直に推し進めた。結果、3年半で見事完済となった。
しかしここからが本当の試練の始まりだった。借入金は返済したものの、今後の経営方針に不安を感じていた。
高級和風住宅が当たり、3年半で完済
「このまま和風建築一辺倒で良いのか?」
不安からローコストノウハウに飛びつくもまったくコストが下がらず。これまでは何とか先代が育てた社員大工も減らすことなく経営してきたが、いよいよ削減せざるをえない状況にまで来ていた。試行錯誤の結果、ある境地にたどり着く。
「本物のローコスト住宅。安かろう悪かろうではない住宅を造ろう」 ……
この続きは工務店新聞7月25日号をご覧ください。
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